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生産性、創造性を高める職場の雑談

 「無駄な話」を「好機」に変える

2024年10月02日

働き方改革

研究員
小川 裕幾

 職場で雑談をするだろうか。筆者は苦手だ。仕事と関係のない私的なことや特に目的もない会話は「面倒だ」「時間の無駄だ」と感じるからだ。しかし、職場における雑談は、組織と人の生産性や創造性を上げたり、社員同士の信頼関係を構築したりする。仕事終わりの幸福感を高めることも分かってきた。テレワークの普及でコミュニケーションの方法が多様化する今、改めて雑談の有効性について考えてみた。

信頼関係を構築

 ここで取り上げる雑談とは、「昨日のドラマ見た?」という趣味の話題、「職場の●●さんがさぁ...」といった職場のゴシップなど、仕事に直接関係のない会話を指す。職場ではあえて話す必要がないと考え、慎む人も多いのではないか。

 しかし、職場のコミュニケーションに詳しい上智大学言語教育研究センター/大学院言語科学研究科の清水崇文教授(応用言語学)は職場での雑談がここ10年ほど、重視されていると指摘する。「近年はチームで複雑な業務をするため、報告・連絡・相談をスムーズにできる信頼関係が重要。そのため、日頃から社員同士が心を開き、気軽な情報交換ができる関係を構築することが不可欠で、そのツールとして雑談が注目されるようになった」と説明する。

 海外の調査でも雑談のメリットが報告されている。米ラトガース大学のジェシカ・R・メト准教授(組織行動学)らは、米国北東部の大規模公立大学の人事管理学部および大学院を卒業したフルタイム従業員151人を対象に、雑談の効果などについて15日間連続で毎日3回のEメール調査を実施。雑談を通じて同僚に対して友好的になったり、敬意を持ったりしたほか、自分の職務を越えて支援する行動を促していたことが分かった。また、仕事終わりの幸福感を向上させる効果もあると報告している(注1)。

適切なタイミング、判断

 では、雑談を有効に機能させるためには、何に気を付ければ良いのだろうか。

 メト准教授らは、周囲の状況や他人の反応を的確に把握した上で、自分の行動を適切に変えられるスキル「セルフモニタリングスキル」が重要だと考える。「今、雑談しても良いか」「相手の今の業務状況はどうか」などについて判断し、自分が思うままに雑談をするのではなく、相手の様子を見ながら行動を変える。

 雑談にも適切なタイミングと状況判断が求められると言えそうだ。

 福井県立大学の藤野秀則教授(エネルギー科学)らは、最も効果的に雑談している人について分析。そうした人は「休憩中一人で過ごすことが多い」ものの、仕事に対してポジティブな内容の雑談を選んで参加するケースが多いといい、知識継承や情報共有に役立てていることが分かったという。「雑談への参加が少ない人の方が、より感度よく情報を得られるのではないか」と藤野教授らはみている(注2)。

ユーモアの効果

 では、どのような雑談が組織に良い影響をもたらすのだろうか。

 中京大学職員の丸山淳氏と筑波大学の藤桂准教授(心理学)が社会人を対象に「職場ユーモアが創造性の発揮に及ぼす影響」に関してウエブ調査を実施した。それによると、ユーモアにあふれた話題が雑談で提供される職場は心理的安全性が高まり、創造性が発揮されやすい可能性があると示唆している(注3)。

 より詳しく見てみよう。「自身の失敗」がユーモアを交えて日常的に語られると、それを聞いている人は、失敗することや他者から非難されることへの不安が軽減される。「失敗は悪いことばかりでない」と考え、心理的安全性が促進されるのだ。結果として、職場で新たなアイデア発表に積極的になり、創造性の高い社員や組織が作られる可能性が高まる面も期待できる。

健康、自己評価にも影響

 同氏と同准教授によると、自分自身の失敗や未熟さのほか、通勤時などに見聞きした出来事や体験を共有する「体験共有的ユーモア」は、お互いの情報共有を円滑にしたり、メンバーのストレスを軽減させたりし、仕事への意欲を向上させる役割を果たす。

 また、仕事に関するポジティブな自己開示やコミュニケーションを促し、チームメンバー同士の信頼関係を構築。さらに、健康関連QOL(単に病気が無い状態だけでなく、身体的、精神的、社会的な満足度を含む包括的な健康状態を指す)や、業務成果への自己評価に良い影響が出るようだ(注4)。

 逆に同僚の失敗や「下ネタ」、職場の困難な状況などを話題にした「規範抵触的ユーモア」は、仕事に関する否定的、批判的な発言や態度を促し、健康関連QOLを悪化させていた。この場合、ユーモアが職場環境を悪化させ、チームメンバー同士の信頼関係が損なわれる。また、仕事上の悩みが共有できなくなったり、仕事へのモチベーションが低下したり、ストレスレベルが上がったりする。

話題が消極的・否定的では...

 このように、消極的・否定的な内容に偏れば、職場の雰囲気が悪くなる。雑談は良い効果ばかりではない。どのような話題を提供するかで、効果は変わってしまうのだ。また、雑談が行われていても、話の輪に入れないと、その社員は孤立して疎外感を味わうかもしれない。

 雑談が増えることで、業務が頻繁に止められ、社員の集中力が低下し、生産性が下がる可能性もある。1日の中で業務時間やエネルギーを雑談で消費すれば、同僚を助ける余裕がなくなる。仕事に専念する時間が減り、周りが見えなくなる社員が増えるかもしれない。心の赴くままに雑談をすればよいわけではないはずだ。

コロナ禍、雑談が減少

 ここまでの研究は、対面でのコミュニケーションが前提になっている。2020年以降はコロナ禍でテレワークが世界的に普及し、様変わりした。

 こうした状況の変化を踏まえて、一般社団法人日本能率協会(JAM)は、テレワークとオフィスで働く社員の雑談について比較調査した。それによると、「1週間ほぼ毎日雑談の機会があった」との回答は、「テレワークを行っていない」オフィス勤務の人が約5割だった一方、「テレワークを行っている」人は約2割だった(注5)。

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1週間で職場のメンバーと雑談をした頻度(出所)一般社団法人日本能率協会「ビジネスパーソンの"今"をデータで読み解く 2021年『ビジネスパーソン 1000人調査』【雑談機会と効果】」を基に作成

テレワーカー「雑談が必要」と認識

 この調査では、雑談が自身の業務の生産性や創造性を高めるか、人間関係を深めるかについても聞いている。下図の通り、全ての項目で雑談はポジティブな影響があるとの回答だったが、ここで注目したいのは、その有効性を認識している「テレワークを行っている人」のほうが雑談を実践できていない、という現状だ。

 上智大の清水教授は、「これまで当たり前に存在していた雑談の機会が失われたことによって、雑談の大切さが認識されたという皮肉な現象が起こっている」と分析する。

質問

テレワークの状況

そう思う

そう思わない

 雑談と生産性向上は関連するか

 行っている

73.0 

27.0 

 行っていない

44.6 

44.4 

 雑談と業務の創造性は関連するか

 行っている

71.8 

28.3 

 行っていない

55.0 

45.0 

 雑談は人間関係を深めるか

 行っている

83.4 

16.5 

 行っていない

73.4 

26.5 


雑談は業務上の生産性、創造性、人間関係を深めるか(出所)一般社団法人日本能率協会「ビジネスパーソンの"今"をデータで読み解く 2021年『ビジネスパーソン 1000人調査』【雑談機会と効果】」を基に作成

信頼関係、対面が有利

 また清水教授は、対面のコミュニケーションがテレワークよりも勝っていると指摘する。「私たちの会話は言葉だけで行われるわけではない。会話の中で身ぶり手ぶりをし、アイコンタクトする。言葉の強弱・速さ、間を置く、相づちを打つなどして、次に誰が話すべきなのか、相手にどんな反応をしてもらいたいのか、自分の話をどのように解釈してもらいたいのか、相手に合図を送っている」と強調。その上で、「そうした機能がテレワークになると機能しづらくなる」と分析している。

 さらに、テレワーク勤務について「会議の前後、廊下でのすれ違い時の雑談もなくなる。仕事に必要な(最低限の)コミュニケーションをとるだけになる」といい、信頼関係を構築するためのコミュニケーションが難しいと指摘する。

 こうした状況に各企業は、さまざまな施策を講じている。米コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーは会議などの冒頭、コンサルティング会社マーサージャパンは会議後にあえて雑談の時間を取っている。ソフトウェア開発会社サイボウズは、ランダムに集められた社員が15分ごとにメンバーを入れ替えて雑談をするなど工夫を凝らしている。

目的が不明確なコミュニケーションの価値

 最も大切なのは、対面、テレワークのいずれにせよ、企業や社員が雑談を「無駄なもの」と捉えるのではなく、「必要なもの」という認識を持つことではないか。

 清水教授は、企業における管理層向けに、業務以外の雑談が大切だという教育や研修の必要性に加え、「人事考課における、部下とのコミュニケーション指標に雑談を入れても良いのではないか」と提案。企業として「社員同士の信頼関係構築は、仕事をする上で大切だ」という価値観の社員への発信につながると指摘している。

 同教授は「社員も、雑談を通して上司や同僚と信頼関係を築くために積極的に自己開示をしたり、相手の話を聞いたりする姿勢が必要。目的が明確でないコミュニケーションの有効性を意識するべきだろう」と述べる。

 時に面倒で無駄だと思える雑談も、たかが雑談、されど雑談だ。職場で信頼関係が育まれれば、自分も周囲も働きやすくなり、一人の力では成しえない仕事が可能となるかもしれない。


〔略歴〕
清水 崇文氏(しみず・たかふみ)
 上智大学 言語教育研究センター/大学院言語科学研究科 教授。国内企業に5年間勤務後、渡米。イリノイ大学アジア学修士(MA)、ハーバード大学教育学修士(Ed.M)、ロンドン大学応用言語学博士(Ph.D)。スタンフォード大学講師などを経て現職。専門は言語習得論、語用論、談話分析。著書に「雑談の正体」などがある。

(注1)Methot, J. R., Rosado-Solomon, E. H., Downes, P. E., & Gabriel, A. S. (2021). Office chitchat as a social ritual: The uplifting yet distracting effects of daily small talk at work. Academy of Management Journal, 64(5), 1445-1471.
(注2)藤野秀則・下田宏・石井裕剛・北村尊義(2015)「休憩中の雑談が職場の知識継承・情報共有に与える影響の調査」『公益社団法人計測自動制御学会システム・情報部門学術講演会講演論文集 SSI 2015』pp.226-231
(注3)丸山淳市・藤桂(2022)「職場ユーモアが創造性の発揮に及ぼす影響 ―心理的安全性の役割に着目して―」『産業・組織心理学研究 2022年 第35巻 第3号』pp381-392
(注4)丸山淳市・藤桂(2016)「職場ユーモアが心身の健康と業務成果への自己評価に及ぼす効果」『心理学研究 2016年 第87巻 第1号』pp.21-31
(注5)一般社団法人日本能率協会(2021)「ビジネスパーソンの"今"をデータで読み解く 2021 年『ビジネスパーソン 1000人調査』【雑談機会と効果】」

小川 裕幾

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